年の功

乳児と一緒に毎日過ごしていると、

生まれながらにして持っている生命力にびっくりさせられます。

ゴクゴクと母乳を飲み、嫌なことがあると泣いて訴え、

そして、あやすとニコッと笑う。眠くなったら寝る。

 

まだ言葉も話せないし、出来ないこともたくさんありますが、

ちゃんと栄養を摂り、よく寝て、そして快不快を表現できます。

愛嬌もたっぷり備わっています。だから親は赤ちゃんのとりこになるわけです。

 

亀の甲より年の功、とは言いますが、

大人になるにつれて、出来ないことも増えてしまう気がします。

食べることを疎かにしたり、疲れているのに夜更かししたり、

誰かに助けてもらいたいのに「助けて」と言えなかったり、

素直に笑顔で「ありがとう」と言えなかったり。

特に対人関係における素直さというのは、人と生きていくうえで欠かせないように思います。

大人になると、意地や見栄が邪魔をして素直になれないことがあります。

この点、動けなくても、大人を目で追いかけ、あやすと笑う赤ちゃんは、

生まれながらにして素直に交流を楽しむ力を持っていて、感心させられます。

 

亀の甲より年の功、とは言いますが、

積み重ねてきた経験が、時には足かせになってしまうことがあります。

自分が経験してきたからと、

相手を理解した気になって考えを押し付けてしまったり、

無用なアドバイスをしてしまったり。

これまで経験したことが無いからと、

未知なる何かに臆病になってしまったり。

 

先日、素敵な助産師さんとの出会いがありました。

30年助産師を続けてきた、おばあちゃん助産師さん。

 

例えばお母さんが「母乳を全然飲んでくれなくて」と助産師さんに相談したとします。

多くの助産師さんは、「飲むまで根気強く待てばいいんですよ」とか「こうやって飲ませればいいんですよ」とかなんとか、

その方の経験に基づいて、「具体的な」アドバイスをします。

でもその助産師さんは、何よりお母さんの表情をよく見る方でした。

「飲むまで根気強く待てばいいんですよ」と言われて「やってみよう!」と思うお母さんもいれば、

「ちゃんと母乳を飲ませる時間を設けられているのであれば、飲まない時があっても大丈夫ですよ」という一言に安心するお母さんもいるし、

まず何より「お母さん、毎日、がんばって試行錯誤しているんですね」と労ってほしい、疲れたお母さんもいます。

 

実際に「母乳を飲んでくれなくて」という相談に遭遇したわけではないのであくまで例えの話ですが、

とにかく、その助産師さんは、

自分の具体的な経験よりもまず、お母さんの表情を優先して、答えを選ぶ方でした。

その助産師さんが唯一気にしてほしいことは、

「赤ちゃんの体重がそれなりに増えているかどうか」だけ。

どれくらい外出させているかとか、まだ首が据わらないとか、

紙おむつか布おむつかとか、習い事を早速させているかとか、

そういう細かなことは、何でもいい。お母さんの好きなようにしたらいい。

 

ちゃんと体重が増えていたら、

それだけで赤ちゃんの「おなかすいた」のサインに気付いてあげられる、

立派なお母さんだと思うんです、とのこと。

 

30年助産師をしていれば、

きっと育児の流行り廃りもあるでしょうし、

「最近のお母さんは」と思うことがあってもおかしくないはず。

でも、その方は、30年間の経験を通して、

「お母さんを肯定するのが一番」「お母さんを安心させてあげたい」と思ったのではないでしょうか。

 

わが子の生命力は、27年生きた私のちっぽけな年の功に勝るものがありますし、

その助産師さんの年の功には、私の持ち物どれをとってもかないません。

 

ちなみに私の娘は、本当に手がかからない子なのですが、

その助産師さんは

「きっとお母さんが落ち着いているからなんでしょうね。

お母さんがイライラしたり、何かと悩んでいると

赤ちゃんもわかるみたいですよ。

これだけ赤ちゃんが落ち着いているのは、

お母さんが安心させてあげられてるからですね。素晴らしいです。」

と言ってくださいました。

 

もちろん、赤ちゃんの個性と環境はほとんど関係ないというか、

よく泣き抱っこをせがむ子の親御さんが、赤ちゃんを不安にさせているということは、断じてありません。

が、私が、助産師さんのその言葉に「今の子育ての仕方でいいんだな」と安心したのは事実です。

 

年を取ると、それだけ経験が増えていきますが、

その経験を悪いほうに使って、自身の感受性を磨くのを疎かにして、若い人を攻撃することもできる。

けれども一方で、よりしなやかな人になり、若い人に温かな手を差し伸べることもできる。

後者の、傲慢なところがなく積み重ねられた年の功は、なんとも美しいものです。

 

P.S.

夏の終わり、秋の始まりを感じる時期ですね。

季節の変わり目、お身体大切にお過ごしください。