昨日、誕生日を迎えて29歳になりました。
今回はいつにも増して長い日記です。
4月はいろいろとうまくいかないことが多くて
寒くて暗い外の世界に落ち込んだり
丸一日、高熱にうなされたり
ちょっとした息苦しさ、不満や疲労感、後悔がそれぞれあったり
そこから抜け出せず
まあとにかく病んでいました(笑)
毎日をこなすのにいっぱいいっぱいで、当日も自分の誕生日をあんまり自覚できていなかったのですが
これを書いている今、心持ちは大きく違います。
まず誕生日当日に行ったSandy(前回の記事の最後に登場した初めての「おばあちゃん」のお友達)のお家では
素敵なプレゼントを用意してくれていました。
まだ数えるほどしか会ったことがないのに
私にぴったりのカードを用意してくれ
お茶とお菓子も添えられていて。
でも何故か申し訳ないとは全く思わずに、リラックスして受け取っている自分がいました。
のびのびと最近あった嫌なことを「聞いて」と話したり
Sandyに「これまでどんな仕事をしてきたの?」と自由に聞いているうち
かつて図書館で働いていたことを知りました。
前回会った時に私が大好きな刺繍をSandyもやると知り(初めての訪問で壁にクロスステッチの素敵な作品がたくさん飾られているのを見たのです)、
そして今回、本が大好きだと知る。
私が熱中して読んでいるJudy Moodyシリーズの話や、Paddington、大草原の小さな家で盛り上がるうち
私でも読めそうなレベルの本を教えてくれ、さらには寝室にあった『オズの魔法使い』をくれました。
「居心地が良いから来週も来ていい?」と言うと
「もちろん、毎週、好きなだけ」と笑って言ってくれました。
大人になってから出会う友人には、「大親友」だとかいうことは軽々しく言わなくなるもので
出会いから既に、今後合わないな、と思う一面が出てくれば、自然と縁が離れていくものだろうな、と思っています。
それは、同じ一人の人でも、人にはいろんな面がある、ということを実感しているからです。
Sandyとも、ひょんなことから会わなくなってしまうかもしれない。
だけど、だからこそ。ありのままの自分で今過ごせていることがすごく嬉しくて、ありがたいなと思っています。
Sandyの家からは湖が見渡せるのですが
その景色も相まって、自分が小説の中に迷い込んだような感覚になります。
初めてのアメリカ育ちの友達、40歳くらい年上の友達。
いつか会わなくなってしまうかもしれないけれど、会えるうちに、私の心の栄養を蓄えさせてもらおうと思っています。
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誕生日の当日に話を戻します。
夫は早く帰ってきてくれ、夜はテイクアウトしたハンバーガーを食べながらズートピアを見ました。
前日の寝る前、「明日どっかレストランでも行きたい?」という聞いてくれた夫に
「そうか、明日誕生日か、うーんと」と、その場で何がしたいか考えながら答えた私の要望どおりに。
娘がいると見れないと思い込んでいた映画も、思いの外3人で熱中して、
「ディズニー映画ってこんなに素晴らしいの!?」と夫婦で言い続けた2時間でした。
私の誕生日のおかげで、日々の楽しみがまたひとつ増えました。
今日もまだディズニー熱が冷めず、さっそく別の映画を見始めています。
仕事が大変な夫に正直あんまり気を遣ってほしくない私。
(おそらく初めて)夫からのプレゼントは無かったのですが、それがまた、嬉しかったのです。
プレゼントはもちろんあれば嬉しいのですが、
今の私の「やりたい」に合わせて映画パーティーを叶えてくれる柔軟なところ、
昼間Sandyの家であった楽しかった出来事をいつものように聞いてくれる優しいところ、
何より私の幸福感をよく理解してくれている夫の寄り添う姿勢に
温かく包まれた幸せな誕生日でした。
動物が好きになってきた娘の熱中している眼差しも可愛かったな。
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ほかにも、「誕生日おめでとう」と連絡をくれた方と少しやりとりしたり
たまたま連絡してくれた友達と電話したりして
「病み期」にいた私に少しずつ春の風が舞い込んできていました。
私の取り柄を私以上に知ってくれている人、
それを素直に伝えてくれる人、
いつも私の幸せに寄り添ってくれる人。
前向きに、とわかっていてもなかなか辛さから抜け出せない時があるけれど
何かのきっかけで少し視野を広げると
自分がとても温かな場所にいて、愛されていて、幸せなことに気づきます。
Misfortune and good fortune are like a rope that can be tightened.
もう今は私はgood fortuneの中にいます。
29歳、周りの人に少しでも恩を返せるように
自分の直感に正直に、元気に過ごしたいな、と思います。